芦屋では豪邸しか建てちゃいけなくなったんでしょ?
豪邸っていったら、いまは600坪くらいだけど、
昔は旗本の屋敷とかになると、1500坪くらいあったんだから。
赤坂に氷川公園っていうのがあるけど、あそこは以前は氷川小学校で、
もともとは勝海舟の屋敷だったんだよね。
そういうのが豪邸だよね。
まあ600坪くらいでも、
実際、芦屋に家建てて住んでいるひとは
金持ちなんだけどね。
僕の知り合いには豪邸に住んでるひとはいっぱいいるよ。
『華麗なる一族』の万俵家みたいに、
中に入ったら、池があって鯉がいってていうのが豪邸だよ。
でもいまは、そういうのはなくなったね。
だいたい兄弟が揉めて、分割するからね。
阪神淡路大震災のときには、
僕は紀尾井町のビルの21Fに住んでたんやけど、
揺れたんだよ、東京だけど。ほんまやで。
そのあとルックに出るためにスタジオに行って、
みんなに「揺れた」って言うたんやけど、
だーれも信じてくれなかったな。
しばらくしてニュースでみんな地震のこと知って、
「岸部さんの言ってたこと、ほんとだったんだ」
って驚いてたわ。
同じビルに芸能界のドン・Wさんも住んでたけど、
あのひといつもお酒飲んでるし、
揺れても、わからへんかったやろな。
最後の最後、自分が住んでるマンションも引き払って、
事務所の上の階に部屋を借りて寝泊りし始めた。
ここで最後の時を迎えるんです。
そして結局お金になりそうなものはすべて差し押さえられた。
泥棒が入ったみたいになっとたな。
僕はもうマンションには戻れなかったから
実際部屋がどうなっとったかはわからんのやけど、
めちゃくちゃやったみたいや。
残ったのは専門家じゃないと価値がわからん古本と、
サイズが合わんスーツだけ。
洋服やら靴だって、サイズのあるものやのに、
50万もしたエルメスのブルゾンや
10万円のジョン・ロブの靴はしっかりなくなっとった。
さらのまま取ってあったのに、高級品はいつのまにかなくなっとった。
こんなことならどっかに隠しとけばよかったな。
家を建てられたのは、間違いなくタイガースのおかげです。
71年に解散して、72年に子供ができた。
そのころからぽつぽつとドラマの仕事が入り始めたけど、
タイガース時代の貯金があったから、自分の家を持つことができた。
タイガース時代は毎日マネージャーが迎えに来て、毎日毎日仕事やった。
でもなんとなく元々自分のいるべき場所ではない気がしとったから、
解散になって寂しいという気持ちはなかったな。
でも家を建てられたのは、タイガースのおかげやから、そこだけは感謝しとこか。
ぶっちゃけ僕は頑張ったから自分の家を持てたんやと思います。
みんなも頑張れよ。
って僕に言われたくないかもしれんけど。
ホワイトハウスの次、
さて家を探すかってなった時に嫁がおかしなことを言い出した。
その時期ちょうど広尾ガーデンヒルズっていうマンションが建った時で
ガーデンヒルズは広尾病院の跡地に建てられた。
今考えると病院の跡地ってなんとなく怖い気がするな。
前の奥さんが広尾病院で子供を産んでいるんです。
「だからそれがなんやねん」っていう話なんですが、
そういう縁みたいなものを信じているみたいで、
きっとそこには何かあるんだ、買わなくちゃみたいなことを言い出したんです。
でもすごく人気のマンションですよ。
まず抽選するために会員になって、やっと権利がもらえる。
高いところは8000万、安いのは6000万でした。
これが後々どんどん脅威の値段に跳ね上がっていくんです。
確か一番安い6000万でも14億くらいになっとったと思う。
一番高い8000万が3LDKですごくいいところやったから、
バブルの時にはいったいどうなっていたかわからんな。
ちょうどその時にハワイに移住しようという話もあって、家を見に行ったんや。
次はそのお話。
家を買うにしても、借りるにしても、売るにしても、絶対かかわってくるのが不動産屋。
大げさに言うたら、不動産屋の良し悪しで物件の良し悪しが決まってくるんやと思うんです。
僕が家を売ろうとしたときに出会った不動産屋の話なんやけど、
えらい変わった人で、「この方角に住みなさい」とか「この家が合っています」とか
言う人やったんですわ。
「絶対売ってあげるから、その代わり私の言うことをよく聞いて、
指定した建築屋で建てなさい」と言われて、
家が売れるならそれくらい、と思って条件を飲んだら、
即金で買い取ってくれた。
僕らは5000万から6000万くらいを希望してたんやけど、
その値段で買い取ってくれたんです。
それからもちろん家は改装されて、今度はホワイトハウスから東南アジア風になってました。
あの人、一体どうやって売ったんやろうか。
それはいまだにわからんのですわ。
初めて建てた家は、アメリカのホワイトハウスをモデルにしました。
今でこそ瓦作りじゃない家でも珍しくない。
けど、あの時代には、洋風の家はあんまりなかった。
僕は白い家に憧れて、アメリカのホワイトハウスみたいな家を作ろうと思ったんですわ。
材料やら細かい道具やら準備するんは大変やったけど、
あ〜だこ〜だ言いながら外壁を全部白いペンキで塗って、
むくの木を全部ペンキで塗ったから、大工さんたちは文句ばっかいいよった。
玄関には1枚板のドアを付けました。
初めて建てた一戸建てはこまいところをこだわったね。
例えばタイル。
日本製の小さいタイルじゃなくて大きな、
外国の映画に出てくるようなやつを使いたかったんや。
今では当たり前のようにいろんなところで買うことができるけど、
昔は珍しいものやったんですよ。
1枚が高い、けど気に入ったタイルを探し出して、風呂場につこた。
今でもあの店はあるんやろうか・・・。
他にはドアノブを真鍮にして、大きな1枚板の玄関ドアにしたんやけど、
真鍮っていうのは汚れるものやから、毎日毎日磨きよったな。
「川口アパート」って知ってますか?
5万円出せばかなりいいマンションに住めるっていう時代に、川口アパートは一部屋13万から17万円もしたもんです。芸能人の憧れのマンションやった。
直木賞作家の川口松太郎さんが創設したマンションで、もうそろそろ築35年くらいになるんかな。もちろん今でもあるし、有名人が多数住んどりましたな。
一種のステータスみたいなもんで、「川口アパートに住んでる」と言うとけば、
「こいつはすごい」ってな具合で、一目置かれるようになる。
僕も、一度はあそこに住んでみたいなぁ、とよく思ったもんですわ。
私道は自分の土地ですか?
初めて家を買った時に、リフォームをすることになったんですけど、
もちろん自分の好きなように作りたいやないですか。
2階建てがいいかなぁとか、庭はどのくらいの広さにしようかなぁとか、
それが一戸建ての楽しみってもんやと思うんですわ。
ところが、隣のおばあさんがうるさくてうるさくて、本当に困った。
言う権利はないんですよ、こっちは法律に従って設計しとるんやから。
そやのに「ここは2階建てにしたらだめよ」とか「道路がないのよ」とか言うんです。
「道路がない」って、あるじゃないか!という感じやったんやけど、
おばあさんにしてみたら、自分の家の前の道は自分の土地なんでしょうな。
僕が芸能人やったっていうのもあるんやろうけど、もうさんざんでした。
僕は仕事で外に出ていることが多かったので、気にすることはなかったんですが、
家内が「耐えられない」と言って、引越しを決意しました。
隣のおばあさんに耐えられなかったのか、僕に耐えられなかったのかは、
今となってはわかりません。
両方だったんでしょうなぁ。
昭和47年は、タイガースが解散した年です。
このころ、前の奥さんと二人暮らしをしてまして、マンション住まいやったんです。マンションではないか、アパートですな。そこの家賃が当時3万5千円。
今では考えられんかもしれませんけど、その頃は5万円出したらかなりいいところに住めたんです。だから3万5千円っていうのは、良くもないし、悪くもないそこそこのアパートってとこでした。
たしか間取りは2DKくらいやったと思う。
それから長男が生まれて、家を探さないといかん!って思い始めたんやけど、なかなか気に入る物件がなくて探し回ったんですわ。予算と希望、どっちを妥協するかが大変やった。それで、まぁ妥協点を見つけて決めました。
職業柄、外から部屋の中が見えないようなところがよかったから、そこはクリアしとったけどそんなに広いわけでもないし、日当たりがいいわけでもない。
間取りは僕らの寝室とそこまで広くない子供部屋が2つとリビングとキッチン、あと納戸か。そんなに大きくない家でした。
それが僕の初めての一戸建てですわ。
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