24日の「メントレG」、
29日の「スリルな夜 イケメン合衆国」に出ます。
みなさんのおかげです。
ありがとうございます。
後年、ドラマで時計屋の親子として、
また植木さんと共演する機会がありました。
セットインする日には、
植木さんの奥様役の乙羽信子さんが
みんなにプレゼントを用意してくれていて、
僕はセーターをもらいましたよ。
そのころは水沢アキと国広富之が噂になっているころで、
僕の奥さんの役を水沢アキがやっていたから、
国広富之が撮影を見にきたりしてました。
それから、谷啓さんと植木さんが銀行強盗をするという
喜劇にもちょこっと出してもらいました。
植木さんが書いた、植木さんのお父さんについての本
『夢を食いつづけた男—おやじ徹誠一代記』にサインしてもらったのですが、
そのとき「名前の前に『学兄』とつけてください」
とお願いしたら、植木さんは不承不承、
「学兄 岸部シロー」
と書いてくれました。
やさしいひとです。
この本、失くしちゃったんだけどね。。。
去年のかくし芸大会のころ、
谷啓さんに会って、
「どうですか? 元気ですか?」
って聞いたら、
「いや、いろいろガタがきてて……」
って、言ってましたよ。
ノリのいいひとだったけど、
元気がなかったですね。
ところで、植木さんですが、
植木さんの隠れた名曲があるんです。
ドラマの撮影の待ち時間なんかに、
昔は待ち時間が5時間くらいあって長かったから、
そういうときに僕とかがお願いすると歌ってくれた歌なんですけど。
植木さんがビング・クロスビーみたいな感じで、
ライスのつく言葉をつなげる歌なんです。
ハヤシライス、チキンライス、カレーライス……
って。
これがすごくおもしろい!
クレージーキャッツのひとは知ってますよ。
「カレーライスの歌、やってくださいよ」
っていうと、植木さんが歌ってくれました。
ジャズスタンダードっぽいメロディーで、
じつにうまい!
この歌が聴けなくなったのが残念です。
だけど僕もちゃんと憶えてなくて。。。
誰か、この歌のこと知っているひとがいたら、
教えてください。
植木さんは僕がデビューしたとき、
43歳くらいで、僕が20歳。
僕と植木さんと布施明さんで、
歌ありコントありのバラエティ番組に出演したときには、
いろいろ話をしてもらいました。
僕は、16歳のときにクレージーキャッツのライブを
観に行ってました。
一緒に番組をやっていても、
植木さんのことをなにしろ大スターだと思っていて。
桁違いのスターですよ。
だけど植木さんは、
大スターだっていう雰囲気を出すひとじゃなくて、
いい意味で軽いひとでした。
植木さんのよく行く、
秘密の料亭にも3回くらい連れていってもらいました。
植木さんは魚しか食べなくて、
たしか魚ばかり食べ過ぎて、
体を壊したこともあったと思う。
だけど、その料亭がどこだったのか、
思い出せないんです。。。
都会から田舎に行って住むひとがいるけど、
田舎では知り合いがいないと孤独だよね。
僕なんかが行くと、芸能人だから多少よくしてくれるけど。
それとは逆に、
いきなり都会から行って、いろいろ田舎で干渉されてもね。
イヤになるみたいですよ。
都会は干渉しないものやし。
空気がいいとか、それだけじゃ済まない。
芸能界でも田舎に暮らすのはブームだけど、
うまくやんないとね。
田舎はいいところだから、
老後はそういうところに住んでもいいかなって思うけど、
都会のひとは田舎に行ってもぜんぜん交わらないらしいね。
やっぱり田舎のひとのユニークさを愛さないといけないよ。
ここ10年くらいで、おじいさん役をやれる役者が減ったよね。
どんどんいなくなるよ。
あと10年くらい経ったら、がらっと変わるよ。
僕にもこれからそういう役が来たらいいんだけど、
声は高いし、童顔だから、
おじいさん役になりにくいんだよ。
笠智衆さんは若いときから腰に座布団を入れて、
おじいさん役をやってたね。ずーっと。
あの熊本なまりがいいんだよね。
藤竜也さんとか原田芳雄さんとか、
まだおじいちゃんではないけど、
いい役者さんはいるんだけどね。
ショーケンはどうしてるかな?
電車男をやっていたころに、
僕は電車の中で気分が悪くなって倒れたことがあります。
駅のホームから僕を運んでくれた
救急隊員は優しかったのよ。
あのひとたち、
「岸部さん、どっか行きたい病院ありますか?」
って訊いてくれて、
僕が「●●病院」って言ったら、
「いや、それはちょっと遠いから……」
って、違う病院に行ったけど。
でも、ちゃんと行きたい病院とか訊いてくれて、
ひじょうに「美しい国 日本」を感じましたよ。
僕みたいなでかいのを、担いで運んでくれて。
なんぼやせたっていっても80キロあるしね。
日本もまんざらでもないよ。
だけど、僕が電車の中で具合が悪くなったとき、
電車の乗客のみなさんは、誰も振り向いてくれなくて、
みんな鬼のような顔に見えたけど。
前にいた女子高生も、しらーっとした顔でね。。。
だから電車を降りたんですけどね。
ところで、救急車で病院に行かなかった場合は、
救急の診察室にはすぐに入れないんですよ。
タクシーで行ったら、普通に受付しないといけない。
でも、急いでもないのにタクシー代わりに救急車呼ぶの、
あれはやめてもらいたいよね。
ルックをやってたときは、試写会にもよく行きました。
ただで観られるしね。
でも、いまはいっさいなくなりました。
『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を観に行ったのが最後だね。
この映画にはやたら感心しましたよ。
ルックやってるころには、
宮崎駿の『紅の豚』のセル画とかももらったんだけど、
ひとにやっちゃったよ。
いま持ってたら、いくらになったか……。
デ・ニーロやトム・ハンクスが来日したときは、
インタビューに行って、一緒に写真撮ったりしましたよ。
その写真、いまはどこいったかわからんけど。
まー、実際会ってみたら、
時差ボケでぼーっとしてたけど、
やっぱり世界のデ・ニーロでしたわ。
そんな僕でも20代のころには、
森本レオ、下條アトム、小倉一郎なんかでグループつくったことあるよ。
「脇役なんかでいいとこいくんだけど、もういっちょ」っていうひとの会。
六本木なんかで集まったりしてたよ。
岡田裕介とかも誘ったけど、1回しか来なかった。
三浦洋一とか、アトムちゃんが誘ってたけど、
「オレは『もういっちょ』じゃない」って断られてたよ。
アメリカンニューシネマみたいなことをやろうって話したりして、
役者論とかみんなで語ってたんだけど、
レオちゃんはよく難解なこと言って、
何言ってるのかわからなかったなあ。
僕たちは当時、『黄色い涙』っていう市川森一さん脚本のドラマに、レオちゃん、アトムちゃん、それから劇団四季の男前の長澄修と僕の4人で出ていて、
ずっと名古屋にいたこともあったんだけど、よく演技論を闘わしてたよ。
レオちゃんの高円寺のアパートに行ったことがあるけど、
なんかこう、わざと散らかしてるんじゃないの?
っていう感じに散らかってるのよ。
そういうムードが好きみたいで。
マフラーとかも、
それ引きずるんじゃないの?
っていうくらい長かったりして。
そういう雰囲気づくりに凝ってましたね。
だから、ドラマづくりにも相当凝ってたよ。
みなさん、
あけましておめでとうございます。
今年は芝居のできる40代のひとと仕事がしたいな。
占いの特番の話とかはあるけど、
嫌なこと言われるから、出たくないんです。
このあいだも出てくれっていうから、
「じゃあ、ギャラいくら?」
って訊いてみたら、
「受けてくれたら言う」って言うんですよ。
いや、ギャラわかんないんじゃ受けられないでしょ……。
今年はどうなるかわからへんなー。
ひとつ年をとることだけは確か。
うちの兄貴なんて、いろいろ映画の話が来るけど、
あれは事務所のルートだけじゃなくて、
やっぱりなんかあるんだよね。
そのうち誰か、岸部シローを使いたいって言ってくれるかな?
そのときはがんばりたいよ。
家のまわりもあんまり散歩しない。
健康のためには散歩しなきゃいけないんだけどね。
目が悪くなってから、極端に出不精になった。
骨董屋さんくらいかな、楽しくて行くのは。
ときどき出かけていって、
何かないかなーって探すのが楽しいね。
ひとの家には訪ねるのも訪ねられるのもキライ。
いや、いい家に住んでいたら、訪ねられてもいいんだけどね。
いまは昭和の前半みたいに、
仲間の家に行って騒ぐみたいなこと、できないでしょ。
極端に人嫌いじゃないけど、
京都人というのは、仕切りを立てるところがあるからね。
東京的な仲間っぽい付き合いは苦手だね。
自分は自分みたいなところがあるから。
というわけで、僕は年末年始は引きこもり。
みなさん、よいお年を。
みなさんは年末年始に旅行に行くのかな?
僕はひとがいるところに行きたくない。
ひとに見られて、
「きしべだー」って言われるのがイヤだから。
だけど、ひとに会って、そんなに無愛想にもしてられないから、
それで出不精になりました。
温泉とかがイヤなんだよ。
部屋から風呂まで長いところが多いからね。
廊下とかで何人に会わなきゃいけないかと思うとね。
ひとに会いたくなくて、宿の部屋のふとんも自分で敷いたりします。
僕はホテル派。
ルームサービスとって、
ホテルの中だけで、外に出ない。
寝たり、マッサージ呼んだり。
外国だったらまあいいんだけど、
飛行機も狭いからね。
だいたい自分のお金で行くっちゅうことがもったいない。
仕事だったら、いいけどね。
だから引きこもりですよ。
僕が出た
「年忘れ2006・豪華スタア紅白・歌の壮絶バトル」(日本テレビ)
の司会もしてたけど、
みのさんは、やっぱりすごいよ。
お金だけではあそこまでできないよ。
お金もあるだろうけど、やってみよういうエネルギーがあるんだよね。
仕事がほんとに好きなんだろうね。
ルックは楽だったよ。
真剣に取り組んでなかったし。
とにかく朝起きて、行って、座っていればいい。
当時はリポーターの時代やし、
ズラーっと並んでるリポーターさんたちに話を振ればいいだけ。
僕はいまのかたちのワイドショーの司会はできんやろな。
ちゃんと仕切らないかんし。
仕切りたがりじゃないとね。
ドラマ「お台場湾岸テレビ」の撮影で、6キロ痩せました。
後半に風邪をひいてしまって。。。
芸能界最後の作品がこれになるかと思いましたよ。
DVD化が決まっているので、
みなさん、よろしゅー頼みます。
それから、さっき放送されたこの番組に出てました。
「年忘れ2006・豪華スタア紅白・歌の壮絶バトル」(日本テレビ)
ワケありのひとたちの歌合戦というワケです。
僕はイヤだって言ったんだけど、
「2時間でいいから」
「ちょこっとタンバリン打ってくれたらいいから」
と言われて、出ました。
観てくれました?
また、近所のひとが家を売って、
引っ越していくそうです。
もし間違ってへんかったら、
あの家やと思うんやけど……。
けっこういい立地条件で70坪くらいあって……。
大通りから一本入ったところで、
角地(東南角地かどうかわからへんのやけど)、
道を挟んで小さな公園があって、
私道には面していなくて……。
次の買い手はすぐつくやろうな。
僕もお金があったら、買ってもええかな思ったくらいやし。
いい家にめぐり会うって、本当に大変なことやと思うわ。
僕は東京の都心にずっと住んでたんだけど、
いま住んでいるところも、
結構好きになってきた。
ちょっと郊外っていうんかな?
ベッドタウンっていうんかな?
田舎もええかなー?
でもまだ、田舎暮らしには早いかな?
都会も好きやし、田舎暮らしもしてみたいし……。
東京と田舎に家があったら、最高だろうな。
まーいまはとうてい無理やけど。
宝くじでも当たらんとね。
「お台場湾岸テレビ」の撮影も終わりました。
本当にキツかった!
僕は肉体年齢76歳くらいやから。
このあいだ星くん(高岡蒼甫くん)に、
「このドラマの全スタッフ、キャストのなかで、
岸部さんが最年長ですよ」
って言われて、あらためて自分の年齢を思い知らされたわ。
昔は皆、先輩やったのになー。
こうやって時代は変わっていくんやね。
考えてみたら、共演してるひとみんな、
僕の子どもより若いんやからねー。
うちの奥さんが、現場でスタッフのひとに
「うちのじいじは生きてますか?」
ってジョークを言ってたけど、
ほんと、シローじいじは老体に鞭打って、
この3カ月よくやってきたと自分を褒めてやりたいわ。
まースタッフの人たちも、
こんな僕に気を遣ってくれて、大変だったと思うけど。
まだまだ頑張らなあかんね。僕も。
みなさん、よろしゅー頼みます。
トランプタワーができたころかな、
とある番組の取材で、
アメリカの連邦銀行の地下にもぐって、
百万本の金塊を見たことがあるんですよ。
世界中の金が集まるところです。
ここには国ごとに棚があって、
そこにそれぞれ、金塊が積んである。
取引があったら、日本の金塊の棚から、
他の国の棚に金塊を移すだけなんですよ。
作業着を着たおっちゃんが、金塊を棚から棚へ移動してるだけ。
「世界の経済ってバカみたい」って思っちゃいました。
ここの取材のときに、
「絶対にふざけたことはしないで」
って言われたんだけど、
一緒にいた女の子が金塊のにおいをクンクンってしたら、
追い出された。
連邦銀行って、
映画『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ』で
強盗に入る銀行なんだけど、
ここは核戦争が起こっても大丈夫なんだって。
とにかくすごい金だったよ。
クイズ番組がキライです。
はしゃいで番組に入っていくのが苦手。
案外、僕、トンチきかないよ。
ゲームが根本的に嫌い。
プレステとか、名前は聞いたことあるけど、
興味ないよ。
とにかく僕はノリが悪い男。
海に泳ぎに行っても、
ちょっと太陽が隠れると、泳がない。
それに、僕が行くと曇るんだよね。
でもノリが悪いおかげで、
酒、たばこは覚えなかった。
みんなやってたけどね。
いまだにノリ悪いよ。
このバラエティ全盛期で僕の出演が減ったのはそのせい。
元気ないし、病気してたから、
番組収録中でもよく、
「あと3,4時間も座ってられるかなー」って考えはじめちゃう。
それが、ボーっとしているように見えるから、
「岸部さん、話聞いてる?」
とかって注意されたりするけど、
これがいいようにボケと取ってもらえることもあるんだけどね。
昔はスポーツ選手がテレビに出るときは、
挨拶に来たもんですよ。
「はじめまして。G・Iです。よろしくお願いします」ってね。
だけど、このごろの若い格闘家とかは
ガンガン、メンチきってくるからね。
僕は格闘技、けっこう好きなんですよ。
昔から観てるし。
エデル・ジョフレとか、ジョー・ メデルとか、ルンピーニとか。
藤原敏男さんのすっごいファンだったし。
ベータマックスが出たころから、
まめに撮って観てました。
ジョー小泉さんと後楽園ホールで会いましたよ。
そういう話、一緒に出演した某若手格闘家にちょっとしたら、
「え? おまえが?」みたいな顔で睨んでくるのよ!
オレは藤原敏男さんと電話で話したことあるのよ!
前田明さんとは広島のクラブで一緒になって挨拶してもらった
こともあるのよ!
想像つかないんだろうね。
なんや、僕みたいなおっさんが、
そんなこと知ってるっていうことが。
藤原組長は僕と同い年で、
新幹線で一緒になって、話をしたんだけど、
それから毎年、年賀状くれるんですよ。
あのひとは、とてもいいひとです。
いまは政治家がテレビに出すぎとちゃう?
Fテレビに行っても、
いい楽屋はぜんぶ政治家。
SPとかがバーッと立っててね。
ルックでもときどき政治家が来たけど、
大臣とかが来るってなったら、上を下への大騒ぎでさ。
たいへんなもてなしようだったよ。
このごろは政治家がタレント化してるよね。
僕なんか、そのぶん出番少なくなりますよ
ここの番組自体は好きですよ。
ただ、出演者をどう選んでいるの?って、
それに関しては不思議に思っていますってことです。
ここ、出演料は安いよ。
いまはどうかわからんけど。
でも、たくさんのひとが観てるからね。
「ルックルック」あれだけやってても、
某放送協会と比べたら、観ているひとの数が
ぜんぜんちゃうからね。
ところで、ちゃんと受信料は払ってますよ。
このあいだ久しぶりに、
ちょっとだけゆっくりできる日があったんで、
近所をぶらぶら、奥さんと歩いてみました。
なんか新築の家が急に増えてて
ビックリしたんです。
2人で、
「こんなふうな家やったら、こじんまりしててええな」
とか、
「これって流行のデザイナーズハウス?ってやつかな? カッコええなー」
とか話しながら歩いてたんやけど、
よーく考えたら、
僕ってもう1回、家建てられるんやろか……
って思って、ちょっと悲しくなったなー。
このあいだ、奥さんの実家に行ってきました。
なにもないけど、空気や緑がきれいなところで、
僕はなんとなく気に入ってるんや。
面白いひともたくさんいてるし。
地元の名物?タクシー運転手さんなんて、
頼んで一緒に写真撮ってもらったくらい。
なんかそのひとと話していると、
嫌なことなんか全部忘れて、ものすごく元気になれる。
一瞬やけどね。
ホント、楽しいひとやわ。
ひとを笑わそうと思っては話してるわけやないから、
心底、笑ってしまうんやろな。
最近はテレビ観てても、あまり笑わんようになったなーって。
人間、笑わなあかんね。
うしろ向きの僕でも、
おなか抱えるくらい心底笑っても、バチ当たらへんやろ?
ドラマ「お台場湾岸テレビ」、放送中です。
深夜の放送やから、観てくれてるひとは少ないかもしれへんけど。
レギュラー陣は、初めて共演するひとばかりです。
僕以外はみんな若者です(酒井さんはちょっと年いってるけど)。
僕なんて、老体に鞭打ってボロボロです。
共演している主なメンバーは、
池谷のぶえちゃん、高岡蒼甫くん、酒井敏也さん、馬場祐樹くん、
平田薫ちゃん、今井陽子ちゃん、猪俣ユキちゃん、
あとアンガールズ、アンタッチャブル、カンニング竹山さん……
です。
みんな個性的でおもしろいです。
照明役の馬場くん、けっこう雰囲気あるなー。
なんか知らんけど、魅力あるワ。
いまの家(借家やけど)が建っているところは、
近所のひとが一生懸命調べたところによると、
地盤がいいみたいやから、
地震がきても大丈夫やな。
ただ、いくら地盤がよくても、
あんな大きな竜巻がきたり、
家自体が弱かったらどうしようもないんやけどね。。。
自分の家は相変わらずないので、
いま住んでいるのは借家です。
このあいだ、家の運気をよくするために、
まわりの木を切りました。
Dr.コパさんがそうするといいって言ってたような気がするし。
それまでは、すももの木に実がいっぱいなって、
それが100個も200個も落ちてきたり、
毛虫が落ちてきたり、
しゅろの木で手を切ったり、
びわの木に大きいカラスが来たりしてたんやけど。
やっとすっきりして、よくなったよー。
大地震がきたら、僕はもう逃げる気ないよ。
その場で死ぬよ。
落語なんか聴いてると、
昔の家は穴が掘ってあって、
そこに逃げ込んで、蓋閉めるんや。
そこに非常食とかあって。
うちは、
ラジオとかもぜんぜん用意してへんし、
昔置いてあった乾パンとか、
どっかいっちゃったなー。
チェ・ジウと共演の話があったら、
やるんやけど、
僕のとこにはそんな話、来ないし、
みんな共演者、男前ばっかり選んでるから、
ムカつくね。
ええ話はないですわ。
もう、老いぼれてると。
世の中に蛇とか蜘蛛とかゴキブリとかが
平気なひとがいたら、
そのひとと一緒に住みたいな。
カブトムシとかは平気なんやけど、
ゲジゲジとか、いやだよー。
あれ、叩いたら、消えちゃうんだよ。
壁のゴキブリなんか、
ガムテープにくっつけて取ろうとするんだけど、
うまくいかないんだよ。
このあいだ、車に蜘蛛がくっついてて、
走りだしてもくっついたままだから、
洗車に行ったよ。
僕が億万長者になったら、
虫を処理してくれるガードマンを雇うんやけどな。
『西遊記』のときは、
夏目さんはまだ新人女優で、
僕は彼女と仲が良かったんよ。
性格がおもしろくて、
常に跳ねてる。
誰に対しても、
明るくて、やさしくて、
誰にでも好かれる子やった。
最近テレビに出てる若いのとは、
ぜんぜんちゃう。
こうやって僕が落ちぶれていても、
きっとやさしくしてくれるよ。
それに比べていまの子は、
損得勘定ばっかりやしね。。。
内緒やけど、このあいだステーキ食べてしまいました。
いまはそのぶん、青魚や野菜、一所懸命食べてるけど。
いま、僕のうちでは白米やめて、
玄米と白米を混ぜたごはんに変えてるんやけど、
慣れるとこれも、イケるもんやね。
そりゃー、白飯がいちばんうまいんやけど……。
体にいいこと、ちょっとでもせんとあかんもんね!
DVDで出た『西遊記』が
オリコン10位なんだな。
これ、映像がきれいでね。
当時はロケは御殿場でした。
特撮は世田谷のTMC(東京メディアシティ)だったな。
円谷プロがあったしね。
撮影っていったら、
たいてい「きんとうん」オシやったよ。
このDVD、みんな僕に言ったらただでくれると思って、
電話かけてくるんだけど。。。
ないよ。
秋になると、「食欲の秋」とか「読書の秋」とか、
みんな楽しそうにしてるけど、
僕なんか、なんとなく物寂しい感じするなあ。
若い頃はこんなんと違ったと思うけど、
みんなはどうやろう?
僕だけやろか?
僕なんてもう、冬の寒さの心配してるもん。
あかん、あかん、
ポジティブ!ポジティブ!
なんかこの言葉、僕に似合わへんね。
そういえば、安倍さんが首相になりましたね。
小泉さんのあとは、
まー安倍さんしかいないだろうなって、
思ってたんやけど。
僕は政治の世界に興味ないから、
難しいことはよーわからんけど、
安倍さんが総理大臣になると、
なんかええことでもあるのかな?
個人的にお願いしてもいいのやったら、
いっぱいお願いしたいことあるんやけど、
世の中のためになることって、
いったい何なんやろうね。
世の中って、国民全員のためってことやろ?
そんなことってできるのかな?
終の棲家を手に入れることを目標にしてる僕としては、
(夢で終わるかもしれんけど)住宅に関することも
ちょっと気になるなー。
それと、年とると、やっぱ医療のことやね。
どうなるのか、誰か僕に教えてくれへんやろか?
今日はこないだのコンサートがらみでブレバタの話をしたいと思います。
思い起こせば、彼ら(兄・岩沢幸矢、弟・二弓)とは、
僕が二十歳の頃からの付き合いやから、
もう37年かーって。。。
そのとき生まれた子は、いま37歳やで。
長い付き合いやなー。
当時彼らは、湘南生まれということもあり、
湘南の海沿いに建っていた、ある有名な方の邸宅を借りて、
「ブレッド&バター」っていう店をやりながら、
音楽活動もしていて、そりゃー雰囲気あったよ。
プールもあって、目の前は海やし、
LA好きの僕としては、ちょっとうれしかったね。
なんか開放的で。
当時、あのサザンの桑田氏も入りにくかったらしいよ。
彼も湘南ボーイらしいけど、ブレバタはもうひとつ上の湘南ボーイやからね。
あっそうや! 加山雄三さんが元祖かな?
それにしても懐かしい時代だね。
約40年前か。。。
まだ20歳そこそこですよ、この僕が!
戻れるものなら戻りたいわ、ホント!
そんなに深く考えずに、仲間たちと好きなことやって
楽しかったなー。
人間、歳とるのなんて、本当にあっという間やね。
いろいろ経験して、気がついたら57歳ですよ。
このあいだラジオで「大きな不幸はときどきやってくるけど、
大きな幸福はそうそうやってくるものではない」と言っているのを聞きました。
僕の人生って。。。なんやったんだろう?
なんて、また得意のボヤキが始まりそうなんで、
今日はこのあたりで。
先日、僕はなんと、歌ってしまいました。
歌うっていうても、部屋とか風呂の中でやないよ。
人前で、それも、友人のコンサートのゲストとしてやで。
信じられません。
何十年ぶりやろー。あー恐ろしい。
古くからの友人であります「ブレッド&バター」のコンサートツアーでのことです。
タイガース解散して、直後くらいやろか。
1972年頃やったと思うんやけど、
「シローとブレッド&バター」ってグループで活動してたんや!
なつかしいなー。
まーそれで、その頃の歌を1曲歌ってほしいということで、
断ろうと思ってたんやけど、ホント、歌なんて歌う自信なかったし。。。
それが、なんだかわからんうちに承諾してしまったんです。
僕はこう見えても、けっこう歌うのうまいんよ。
子どもの頃から。
(自分で言うのもなんやけど)
それで、まーなんとかなるやろー、と思ったのが、
大間違いやったね。
「野生の馬」っていう歌、歌ったんやけど、
もーリハーサルで落ち込んでしもうたね。
息切れするし、声は出ーへんし。。。
もー帰りたい思うたよ。
まるでゾンビが歌っているみたい。。。ホント!
歌はやっぱり歌い続けなあかんね。
下手な運動より体力使うし。
またまた自分の甘さに気づかされた1日でした。
まー結果的には、なんとかまとめられたけどね。
このあいだ、年とってからの恋は難しいだろうな、なんて話してたけど、
年とるといろんなことが難しくなったり、面倒になるなー。
今、僕は借家に女房と犬2匹と住んでるんやけど、
やっぱり「終の棲家」が頭にちらつくんだな。
年とったせいかもしれへんけど、僕もいままで“人生いろいろ”やったから……。
もう若いときみたいに稼げへんし、どんどん年とっていくし。
まーさんざん苦労かけた女房にどんなに小さくてもええから、
家くらい残してやらんといかんなーなんて思うけど、
宝くじでも当たらないと、難しい話やね。
なんか最近、家の周りが建築ラッシュで、いっぱい家が建ち始めて、
そんなん見てると、ふと考えてしまうわ。
ちょっと前までは空き地ばっかりやったのになー。
昭和の時代劇の大スター、あの嵐寛寿郎さんみたいな人生もアリかもしれんけど……。
(ま、実際、見た訳やないけど)男としては、ちょっと憧れるとこもあるなー。
いっぱい恋して、その女の人と別れるときには家も全部あげてしまって、
そんな繰り返しをしながら、最後は(たぶん80歳くらいだったと思うんやけど)、
借家で静かに亡くなられたとか……。割と有名な話のはず。
昔だったからできたのか、今はそんなわけにはなかなかいかんわ。
そういえば、先日ラジオを聴いていたら、
某有名な司会者?のTさんがゲストで出ておられて、
「2年前に女房を亡くして、もう1回恋をして結婚したいと思うけど、
きっかけがわからないし、どうしていいかわからない」
といったようなことを話していたんやけど……。
Tさんはどっちかというと、もう若くないというか、
年もとってるし、長年奥さん一筋、仕事一筋だったから、
そういうの、忘れてしまうんかもしれへんな……。
たしかに年とってから、新しい恋をして一から始めるんは、
たいへんなことやと思う。
もし僕やったら……と考えてみたけど(僕のほうがTさんよりだいぶ若いんやけど)、
やっぱりいろいろ考えてしまうわ。
昔みたいに元気やないし、
若いときはなんとも思わへんかったことが面倒になってきたし……
若いときと望むものが変わってしまってるんかな。
「人間いくつになっても恋をしなきゃ!」なんてよく聞くけど、
気持ちと行動は別やね、きっと。
でも、僕はあきらめへんよ(笑)。
なんて言ってるうちにTさんのほうが先にひと花咲かせたりしてな。
8月は暑い日が続いたので、少々夏バテしてます。
みなさんからのコメント、もう一度読み返してて、
あーみんな、僕の『うしろ向き』買って読んでくれているんだー、
「明星ラーメン ビーフ味」憶えててくれてるんだー、とか、
うれしくなって、ちょっと元気を取り戻しました。
まあ、全員じゃないと思うけど。
オークションにハマっとるっていう話を書いたけど、
一時期サプリメントにハマった時期もあったんや。
僕らの子供時代なんて添加物だらけで今更やと思うけど、気休めにでも飲んどった。
まぁでも今「これさえ飲めば何でも治る!」とかいうてテレビでやっとるけど、無理やろ。
サプリメントは補助であって、特効薬ではないからな。
僕は試しに青汁を飲んでみた。
でもちょっと経つとえらい気持ち悪くなってきた。
健康になるはずが具合が悪くなってきたんや。
それで青汁はやめて、次にローヤルゼリーを飲んだんやけど、
少し経つとまた気持ち悪くなってきて、胸がむかむかしてきてなぁ。
思い当たることといえば、ローヤルゼリーくらい・・・。
王道の健康食品がダメで、懲りたわ。
健康な人が飲むからこそ、補助されるのであって、
元々弱っとる人が急に回復することはないわな。
よっぽど悪いものを全部出す新薬が見つからん限り、無理やわ。
誰か発見してくれんかな。そんなんできたらサプリメントなんていらんのやけど・・・。
ってことでシローのサプリメントブームは一瞬で終わってしまいました。
東映っていうところは、とにかく特殊なところやった。
当時はヤクザ映画全盛で、
撮影してるとみんなその気になってるから、殺気立ってる。
僕の場合は京都出身っていうのもあって、
結構すんなり入っていけたんやけど、
普通は入った時にいじめられたりするんやって。
そうやって、上下関係やしきたりみたいなものを覚えていくもんなんやけど、
そんなんわからんまま行ったらえらい目に遭うで。
今はヤクザ映画なんて撮ってないけど、怖々行くもん。
新入りの挨拶をしてなかったり、
例えば髪結師の人に嫌われたりすると、
いつまでたっても結ってもらえやんこともあった。
僕の場合はちょこちょこ挨拶に行ってたから、
「シローちゃん、シローちゃん」って言うてかわいがってもらったけど、
最初はホンマ怖かった。
真夏に立ち回りをしていると、汗でカツラがずれて額が割れてくるし、
着物だって着崩れを起こすやろ。
でも、嫌われとったら関係なし、知らんふりや。
その中でこの人と仲良くしておけばいいっていうキーマンを見つけられるとだいぶ楽になる。
カツラだって「暑いやろ、取ったいとろ」って言うて取ってくれるし、
着崩れもすぐ直してくれる。
華やかな芸能界やけど、みんな苦労しとるんや。
元々凝ったものが好きやったから、
最初の一戸建ての時も凝りに凝ったんやけど、
最近はまがいものが溢れすぎやと思う。
本当にいいものを知らないから、
「こんな感じのでいいか」って妥協してしまうんや。
本物のお金持ちの人でも、
何がいいものなのかっていうのは知らない人多いんじゃないかな。
僕の時代は死に物狂いで探して、
これや!っていうものを見つけてもお店の人が売ってくれるまで交渉せないかん。
ほとんどが一点モノやから、売る方も人を選んで売る。
「お金さえ払えばいいだろう」なんて人には絶対売らないもん。
僕も1年近く待ったこともあったよ。
もし、本当にいいものを手に入れたいなら、私のところに来てください。
絶対損はさせへんから。
でもまず、信用してもらうところから始めないといかんけどな・・・。
最近電車男に出演したからか知らんけど、
今もドラマが好きなんですか?という質問をいただきました。
まぁ確かにバラエティなんかよりは好きやし、楽しい。
でも台詞をたくさん覚えるのが苦手なんです。
どんだけベテランの俳優さんでも、
覚えるっていうのは役者にとってプレッシャーじゃないですか。
本当はそういうのをガンガンやっていかないかんのやけど、
僕はもうルックルック13年やって怠け癖がついちゃったから、
今更長い台詞覚えるのが大変や。
ルックルックのような司会仕事は
要するに覚えなくていいってことでしょ。
周りの人の話を聞いて、進行表にそって進めればいいだけやもん。
あれ十何年もやってると、もう覚えるのが苦手になってくる。
あれでもう怠け癖がついちゃって、
ドラマの仕事がきてもたくさん台詞が出てたら、
「もう少し台詞が短いければなぁ」と思ったりします。
これでも俳優の端くれです。
本日、19時からフジテレビの
「カスペ! イマダ!タレント活性工場“ノムさん”」
に出ますよ。
インドアな方は、ご覧ください。
今までいろいろなお仕事させてもらったけど、やっぱりお芝居が一番たのしかった。
特にタイガースを解散してすぐ、
まだドラマの世界に片足突っ込んだ時くらいが盛り上がっとった。
地方で撮影のときは役者が一部屋に集まって
「あーでもない、こーでもない」っていうて、
わかりもせんのにドラマについてディスカッションですわ。
夜中まで語りつくして、脚本家や監督にダメだしして、
「脚本書き直せ!」とかいうてな。
市川森一さん脚本の「黄色い涙」っていうドラマをやったときは、
名古屋で撮ったんやけど、
下條アトムと森本レオと3人で毎日ディスカッションですわ。
青春時代っていうんですか。
もう遠い昔話やけど、楽しかった。
自分が一番下手くそやのに、一人前のようなこというとったなぁ。
僕にとっての青春時代はこの時期かもしれません。
あなたもそんな青春時代はありましたか?
タイガースを解散してから、給料制から歩合制に切り替えた。
どっちがいいかっていうのはわからんけど、
働いたら働いた分だけ収入がもらえた方がわかりやすいと思ったから、
すぐ変更してもらった。
最初は4:6。
4:6っていうのは僕のところにくる分が事務所にいく分より少なくなるんやけど、
歩合制のスタートはいつも4:6。
頑張ったらいいんやと思ってたから、気にしてなかった。
最高で8:2くらいまでいったんじゃないかな。
給料制の方が安定はするけど、
いくら仕事しても変わらんっていうのは納得いかなかったんや。
こまかい仕事もこなしてましたから。
それと歩合制にした大きな理由が、タイガースを解散して家を建てたこと。
まぁほとんどの人がローンを組むやろ。
もちろんポーンと払えたらいいんやけど、大金持ちじゃないので、
僕は8年ローンにしたんです。
土地と建物で2600万円やった家が、
こだわりすぎたおかげで3200万まで跳ね上がった。
それで8年ってことは月35万ずつ返してました。
その時はドラマやらCMやらちょこっとした司会やら、いろいろな仕事をこなしてました。
これからはお仕事の話も少しずつ話していこうと思います。
何より8年ローンがあるから、絶対歩合で年とる前に返したる!
くらいの意気込みで、それからどんどん仕事をこなしていきました。
ドラマの次はCMのギャラ。
僕もよくこんなに事細かに覚えとるなぁ。
こんだけ覚えられるなら、台詞がたくさんあるドラマできるんちゃうん?
CMだけは、ドラマや司会と違って、年契約なんです。
半年契約のときもあるみたいやけど、ドラマや単発の司会よりは安定した収入になる。
だから1本減ると大打撃、他の仕事の何本分にもあたるわけです。
僕も細かい仕事もこなすようになって、CMの仕事も増えた。
ギャラは年200万くらいかな。
70万ってときもあったな。
70万ってえらいハンパやけど、当時は不思議がらずに働いていましたよ。
家族で出演したブルガリアヨーグルトのCMはだいぶギャラがよかった。
そりゃ身内使ってますからね。
その当時のTOP中のTOPがT・Kさん、
おそらく5000万くらいもらってるんじゃないかな。
あの人はもう何をさせても特別やった。
CMっていうのは年3本レギュラーを持ってて、
1本3000万ずつっていうのが大物の基本。
そうすると年1億稼ぐことになる。
平均的に1億の収入はでかいわな。
その辺がS・Kさんとかになってくるんかな。
家族ぐるみでようけもらったって言うても、この人らにはかないませんわ。
細かいCMやりながら、家族でも出演して、せこせこ稼いでました。
タイガースが解散して、すぐはちょこちょこドラマをやり始めた。
関西弁そのままでやらせてもらえたから、わりと楽に入っていけたなぁ。
音楽あり、バラエティありでちょこっとコントもあるようなやつです。
その時は20歳か21歳くらいやったから、若手俳優でした。
初めてのドラマ出演は『おかしな四つ児』っていうバラエティやったんです。
当時人気のあった、和田アキ子、水前寺清子、ちあきなおみ、佐良直美
というのが四つ子という設定で、
その一家に居候している若者が僕と谷啓さんの2人でレギュラーでした。
これは本格的な1時間モノのドラマではなかったんですが、
なかなかおもしろかった。
シャボン玉ホリデーみたいなやつですわ。
ドラマ本格デビューは『どくとる親子奮闘記』っていうお医者さんの家族の話でした。
今はもうおらんけど、東映の悪役俳優 進藤英太郎さんが主演やったわ。
左とん平さんと2人でどっかから来た若者の役をやりました。
まだまだ若かったから、とにかく若者の役が多かった。
今ドラマ出演っていうたら、じいさんが病人の役しかないけど、
この頃はフレッシュやったんやで。
今日はちょっとリアルなお話をしてみましょ。
タイガースを解散してギャラをすぐ歩合制にしたから、
普通のタレントさんが知らないギャラの相場がわかるようになった。
だいたい普通は給料制で、マネージャーがギャラを把握しとる。
事務所からマネージャーに支給されるんが一般的。
実際歩合制にしてからもマネージャーからいくらって聞かされていたから、
詳しいことはわからんし、今考えると怪しいことだらけなんやけど、
他の給料制の芸能人よりは把握してるはず。
初めてのドラマのギャラは7万円。
それが『どくとる親子奮闘記』やったと思う。
1時間モノで月極やった。
4:6の7万やから、実際のもらえるのは4万2千か。
それが4か月分で15万。
だいたい月に2本はやってたから、30万か。
普通っちゃぁ普通。
全くの新人やったから高い方かいな。
当時の人気俳優は2〜30万くらい。
クイズ司会で有名なS・Hさんなんか倍くらいもらってたんじゃないかな。
収入としてはドラマだけじゃなくて、司会やCMもあったからもう少しあったよ。
そうじゃないと家のローンが返せへんからな。
いつの時代も流行語っていうのがあって
僕らの時の流行語は巨泉さんの「ウッシッシ」やったなぁ。
皆さんよくご存知じゃないかな。
ところで、シローの「ウシウシ」って誰か知ってるかな?
僕が昔やったラーメンのコマーシャルなんやけど、
覚えとる人は何人いるのかなぁ。
もう何十年も昔の話やけど、牛の着ぐるみを着て「今何時〜?ビーフ味?」ってな。
「ウッシッシ」に隠れとったけど、
僕の「ウシウシ」が当時歌舞伎の幕引きの時に使われたんやで。
「ウッシッシ」と並んで流行語になったんやけど、
きっと今覚えられとるのは、「ウッシッシ」の方なんやろうな。
誰か覚えとる人おったら教えてな。
ちょっと嬉しいから。
宝くじに当選するのは、東京ドームにいっぱいの白いボールの中から、
1個の赤いボールを引き当てるくらい確率の低いことやと言われとるそうです。
実は、僕はその1つを引き当てるために毎年毎年買ってます。
100万や200万やありませんで。前後賞併せて、3億円狙いや!
ドリームやで、夢を見ようや。人に夢と書いて「儚い」(はかない)やな。
そこで宝くじを買うた時にいつも考えるのが、
もし当たったら・・・ということなんやけど、
とりあえずまっ先に仕事を辞める。
それから仕方ないから半分はカミさんにやって、残りで家を建てよう。
詳しくはまた今度書かせてもらいますけど、お金があったら一戸建ての方がええなぁ。
やっぱり一家の主として一戸建ては夢ですわ。
今から貯金して家を建てようという気持ちはないけど、
(その前に過労で死んでしまうわ。まあ、過労って言うほど働いてないけども)
運よく宝くじが当たったら、最初に考えるのは家かもしれんなぁ。
それくらい自分の家っていうのはいいもんなんですな。
初めて一戸建てを建てた時は、大変やったけどすごく嬉しかったもの。
そういうわけで、絶対当たると信じて、毎年毎年宝くじ買うてます。
そんな夢を見ながら、現実と戦ってる毎日。
だけど人生、そんなに甘くないわな。
デビュー当時はカタカナで「シロー」だったんです。
なんでわざわざ漢字の「四郎」に戻したかというと、
お笑い芸人でつぶやきシローさんっていはりますよね。
その「シロー」とかぶるから変えた、と言われているようですが、
実は、ナベプロから独立して、再婚を機に、
「漢字の四郎のほうが重みがあるのでは」
と思って、変えたのですが、
結局その後、両方をテレビ局などが使うので、ごちゃごちゃになってしまった。。。
この2年は「シロー」です。
僕はちなみに、つぶやきシローさんの大ファンです。
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